養老 孟司さん
子どもに必要なのは「カラダの記憶」。
難しくはない。山に人っちゃえばいいんです。
「ふくしま森の科学体験センタームシテックワールド」は、地域の自然を直に体感できる施設。養老孟司館長独自の「ムシメガネ」を通して、身近な自然との関わりの大切さ、虫捕りの楽しさを伝授していただきました。
── 生き物好きになったきっかけは?
初めから好きでしたね。親がいうには、海水浴に出かけた砂浜で、カニを見続けていたそうです。3歳くらいだから、僕は覚えてませんけど。
コメツキガニっていう小さなカニでね、近づくとすっと砂穴に入っちゃう。じーっと見ていると穴から出てきて、周りに砂粒を積んでいく。それが面白かったんでしょう。虫捕りも物心ついたときからずっと。高校のときに福島市の信夫山で捕った虫の標本も、まだ手元にありますよ。
── 館長にとって虫の魅力とは?
一つは、姿、形、色の多様さ。カメムシみたいにピカピカしたやつから、地味で真っ黒なやつまで本当に多様です。もう―つは、標本で残せるところですね。
僕は色々な虫の標本をつくるけど、蝶やカブトムシは好きな人が多いから、どんどんあげちゃう。そうしたら、手元に地味なゾウムシが残っちゃった。この虫は硬くてね、残りやすいんですよ。カタゾウムシなんかは針を刺すのも大変だけど、最近、この硬さの理由が分かった。共生細菌がいて、殻づくりを手伝ってくれるんです。オモシロいでしょ?
── ちなみに、ゲームもお好きとか?
ゲームは、虫捕りとおなじで独りで楽しめますから。人と関わるのが不得意な僕にはぴったりなんです。
僕らの世代は、独りぼっちでも山に行けば全然困らなかった。この独りという感覚が、いまの若い人達に足りないなと感じます。他の人の存在が非常にはっきりと身近にあり過ぎて、アタマのなかが都会になっちゃってる。
僕が子ども達に虫を勧めるのは、虫が自然を代表する生き物だから。虫を見ることで自然に浸かる時間が長くなるからです。自然には、独りで遊びながら覚えられることがたくさんありますから。
── 例えばどういうことを、でしょう?
この間、5ミリ程の虫をつまんで自宅に持ち帰る途中で、そっくりの虫を見つけて、空いた手でそれも捕まえたんだけど、左右の手の感覚で「違う種類」だって分かるんですよ。上手につぶさないように握れば、虫は逃げようとしてもがく。それだけで手先の感覚は鍛えられます。
これは、カラダの記憶です。アタマで覚えた記憶とまるで違う。一生、残ります。カラダの記憶は子どもにとってすごく大切だと僕は思っています。だから、外に連れて行く。何も教えなくても、子どもは独りでに面白がっていくんです。
── ムシテックの活動で印象的な出来事は?
夏の昆虫採集教室で、いい質問がありました。「心臓が止まったら死にますか?」というもので、その子はずっと不思議に思っていたんでしょう。子どもとはそういう奇妙な質問をするものです。
「心臓が止まっても、腎臓は1時間くらいは生きていて移植ができます」と答えましたが、よくよく考えると難しい問題です。子どもの視点というのは、いい気づきや反省の材料になりますね。
── お父さん、お母さんに伝えたいことは?
勉強を教え込むのはいいけど、もうちょっと放っておいてもいいんじゃないかな。できれば、子どもだけでね。親がいないと子どもの態度は全く違います。
いまは、異年齢が集まって子どもなりのグループを作る機会がないでしょう?でも、山に入っちゃえば、それができる。子どもたちに任せておけば、独りでに社会性が身に付きます。ムシテックは全国でもまれな施設です。色んな虫がたくさんいますから、親御さんは連れてくるだけでいいんですよ。
◆[プロフィール]◆
養老 孟司さん
ふくしま森の科学体験センター
ムシテックワールド
1937年11月生まれ(83歳)
神奈川県鎌倉市出身
東京大学名誉教授。医学博士。解剖学者。
東京大学医学部卒。東京大学教授。
退官後、北里大学教授、大正大学客員教授を歴任。
昆虫に造詣が深く、
うつくしま未来博「なぜだろうのミュージアム」の
展示施設の監修を手がけ、
2001年ふくしま森の科学体験センター館長に就任。
400万部のベストセラー『バカの壁』をはじめ、
『からだの見方』『唯脳論』『遺言』などの著書、
NHKBSプレミアムのドキュメンタリー番組
「まいにち養老先生、ときどきまる」等、
テレビ・ラジオ出演多数。