酒井 ゆうじさん
幼い頃の衝撃と感動をそのままに
劇中のかっこいい瞬間を再現したい!
須賀川を特撮のまち・空想のまちに彩った円谷英二監督のように、ここにはゴジラをはじめ怪獣の原型製作においてパイオニア的存在となった人がいることをご存じだろうか!? 世界が認める原型師・酒井ゆうじさんその人に迫る!
── ゴジラと酒井さん、どんな関係?
6歳で、須賀川の映画館「中央館」のスクリーンで衝撃的な出会いをしてから、人生のほとんどはゴジラや怪獣と過ごしてきました。
映像でいえば、最初に観た「三大怪獣 地球最大の決戦」や美大生時代にリバイバル上映で久々に観た「モスラ対ゴジラ」が活動の原点ですし、造形スタッフとして参加した「ゴジラVSデストロイア」、デザインワークススタッフとして参加し 、新デザインゴジラのひな型(怪獣スーツの基となる立体造形)を製作した「ゴジラ2000ミレニアム」も思い入れが強い作品です。
── ずっとゴジラに夢中?
そうですね、子どもの頃は絵が好きで、よく友達にせがまれてゴジラや怪獣を描いていたし、劇中のゴジラにそっくりの模型が欲しい!といつも思っていました。でも、あの頃のソフビ怪獣は劇中のキャラクターと似てないから満足できなかった。よく作ったのはプラモデルで、しかも戦車ばかりでした。
ゴジラ熱がよみがえったのは、新宿でゴジラ映画のリバイバル上映を観た大学4年のときでした。
── 本格的な製作はいつから?
Uターンして就職し、3年ほど経って模型屋で自分で組み立て塗装できるガレージキット(ガレキ)の存在を知ってからです。欲しかったリアルなゴジラが多くて夢中で買い集めては作るうちに、既製品じゃ物足りなくなり自作し始めました。
そのなかで初出品した海洋堂アートプラ大賞で入賞し、翌年グランプリになったことがプロへの転機に。出品したモスゴジ(映画「モスラ対ゴジラ」のゴジラ)やキンゴジ(映画「キングコング対ゴジラ」のゴジラ)が製品化されることになりました。ただ会社勤めと造形の二足のわらじはかなり大変で…。それで独立を決めたんです。
── 怪獣造形で大切にしていることは?
ゴジラ映画は国内外30作品以上あり、一作ごとにゴジラの造形は違います。一体一体、シワの一つまでアレンジせずに劇中の最もかっこいい瞬間を再現したい!それが一番のこだわりです。
いまは私のように原型製作を職業にする「原型師」と呼ばれる人も多くなりましたが、自分が独立した当時はこの仕事の知名度もノウハウもありませんでした。だからこそ一筋縄ではいかないこともたくさん経験しました。でも、好きだから夢中になれるし、妥協せずに作り続けていられる。このことが同じ怪獣ファンの皆さんに届いているんじゃないかと思っています。
── いまも須賀川ですよね?
大学4年間以外はずっと須賀川暮らしです!円谷英二ミュージアムの初代ゴジラも監修しましたし、バンダイの一番くじやモンスターアーツなどの商品原型もこの工房で手掛けています。
表現に使う素材や塗料も地元のホームセンターや100均で探すので街中をよく歩き回っているけど、怪獣造形をする人とは思われていないみたい。
この記事を読んだ皆さんに、須賀川にこういう仕事をしている人がいるんだってことを知ってもらえたら嬉しいです!


◆[プロフィール]◆
原型師・怪獣造形作家
1958年須賀川市生まれ
県立須賀川高校・
東京造形大学ビジュアルデザイン学科卒
大学卒業後、広告代理店に勤務するかたわら、
フィギュアメーカー主催の模型コンクールに出品。
大賞受賞をきっかけに原型師としてプロデビュー。
35歳で独立。
怪獣映画スタッフとしての活動、
玩具メーカーの原型を手掛けるとともに、
主催する「酒井ゆうじ造型工房」から
数多くの名作ゴジラキットをリリース。
原型製作はこれまで190体を超え、
国内外に多くのファンを持つ
ゴジラ造形の第一人者。
令和6年度には
福島県技能者表彰(県の名工)に
選出された。

